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京都地方裁判所 昭和24年(ヨ)39号 決定

申請人

京都市職員労働組合連合会

被申請人

京都市

主文

本件仮処分申請は之を却下する。

申請費用は申請組合の負担とする。

理由

申請組合訴訟代理人は被申請組合員の就業時間を本仮処分命令の日より本案判決確定に至る迄別紙第一乃至第三号の通りと仮に定めるとの仮処分決定を求め、其の申請の理由の要旨は申請組合員の就業時間は従来申請趣旨記載の別紙第一乃至第三号の通りであつたが、被申請市は昭和二十四年一月十三日訓令第五十六号及び同年同月十四日同第五十七号を以て申請組合員に対し勤務時間を一週実働四十八時間に延長する旨通告し来り、従来の労働条件を著しく改悪した之は法的に何等根拠のない違法なものである。即ち国家公務員については昭和二十三年法律第二百六十五号政府職員の新給与実施に関する法律の一部を改正する法律第十九条第一項に基き人事院規則一五―〇を以て定められたのである。然るに地方公務員については未だ法律の制定のない現時に於て被申請市は一片の訓令で国家公務員の勤務時間に做つたのであるが之は法律上何等の根拠のないものである。

被申請市は此の訓令の根拠を地方自治法(以下自治法と略省する)第百五十四条の市長の指揮監督権に求めているようである、而し之は市長の権限に属する職務の執行に関して職員を指揮監督する権限であつて、地方公務員の身分関係に至る迄指揮監督する権限はないのであつて、勤務時間等労働条件に関する事項は此の指揮監督権の下にはないのである。蓋し民主主義国家に於ける公務員は其の職務に関する公法的な面に於ては職務上の指揮監督に服すべきは当然であるが、一国民一労働者として労働条件に関する私法的な面に於ては憲法により保障された労働権は一般労働者と均しく之を享有している故に、職務に関する指揮監督権に基き労働条件を一方的に改悪することは許されない。

自治法第百七十二条第四項に地方公務員の身分取扱に関しては同法及之に基く政令に定めるものを除くの外別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律の定めるところによると規定し、地方公務員の身分取扱に法令上の根拠を要求していることからも勤務時間等の労働条件に関する事項を市長の独断的な指揮監督権に委ねているものでないことが窺えるのであり、本件訓令は明らかに右自治法の規定に違反するものである。

又右訓令は一般市民に対し其の権利義務に付て法律上の効果を発生させることを目的としたものではなく、全く内部的な而も私法上の労働条件に関する規則を定めた行為であるから、行政事件訴訟特例法(特例法と略称する)に云う行政庁の処分、即ち行政処分と云うことは出来ない。従て本件は民事訴訟事件であつて特例法の適用を受くべきものでなく、仮に之を受くべきものであるとするも同法に云う公法上の権利関係に関する訴訟事件であるにすぎない。

次に本件訓令は労働基準法(以下基準法と略称する)に違反する。即ち同法第一条第二項第二条には此の基準を理由として労働条件を低下させることを禁じ、又労働条件は労働者と使用者が対等の立場で決定すべきことを規定している。被申請市が一方的に労働条件を改悪したことは明らかに右基準法の規定の精神に反する、加之同法第八十九条第九十条に依れば本件訓令の如き就業規則の変更は之を行政官庁に届出ねばならぬ。又変更前申請組合の意見を聞かねばならぬのに、被申請市が之等の手続を経ずして為した就業規則の変更たる本件訓令は右基準法の規定に違反し法律上無効である。

更に右訓令は被申請市と申請組合構成員たる京都市職員組合、同市七区役所職員組合連合会、同市交通局職員組合、同市交通局労働組合との間に夫々締結せられ、現にその効力を有する各労働協約に違反する。即ち該労働協約によれば組合員の労働時間等の待遇上の諸条件は双方協議の上定めることになつているに拘らず被申請市は申請組合構成員たる各組合員と協議することなく全く一方的に勤務時間を延長したのであるから之は明らかに労働協約違反であり労働組合法第二十二条により無効である。

被申請市は従来の労働協約は昭和二十三年政令第二百一号により失効したものと解しているようだが、却て右政令制定の基礎たる昭和二十年勅令第五百四十二号こそ憲法に違反する無効のものであり且失効している。其の理由は第一右勅令は旧憲法第八条に基く緊急勅令であつて、連合国最高司令官の要求に係る事項を実施する為め必要ありと認められるときは法律制定の手続によらず命令を以て以要の定を為すことを規定している。然るに新憲法は国会を唯一の立法機関と定め、僅かに法律を実施するために必要な細則のみを政令で定めることを許しているに過ぎない。勅令五百四十二号のごとく広汎な範囲に亘つて政府に命令の制定を許す委任立法は三権分立理論の確示された新憲法下に許容されるべきものではないのである、第二に勅令はあく迄も勅令であるに過ぎないのであり、之が後に議会の同意を得たからとて勅令が性質を変じて法律となるものではない。而して昭和二十二年法律第七十二号日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律第一条は、日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するものは昭和二十二年十二月三十一日まで法律と同一の効力を有するとしている。実は此の法律第七十二号は新憲法下で法律で規定すべき事項であつて、旧憲法下に於て命令の形式で規定されていた事項を規定した命令が新憲法の実施と共に当然失効するのを防止する為本来ならば新憲法附則で規定すべかりしを法律で規定したのであるが、憲法違反で無効の命令を一片の法律で、その効力を延長することを許されないのは当然であるから此の法律は憲法違反で無効であるが、仮に之が効力を有すとしても)だから勅令第五百四十二号は同法第一条により昭和二十二年十二月三十一日限り失効したのである。尤も法律第七十二号第一条の二は前条(第一条)の規定は勅令第五百四十二に基き発せられた命令の効力に影響を及ぼさないとしているが、之は右勅令に基き既に発せられた命令の効力に関するものであり、新憲法施行後同勅令に基き新な命令を発することを許すものでなく、又勅令自体を無期限に有効とするものでもないのである。以上の如く勅令第五百四十二号は違憲であり、而も既に失効した後なる昭和二十三年七月三十一日之に基き発せられた政令二百一号は当然無効であり、従て地方公務員法の制定されていない現在に於ては労働協約が有効に存続している。

仮に政令二百一号が有効であるとしても、此の政令の解釈から労働協約が当然失効するとの結論は出て来ない。即ち此の政令第一条第一項本文は同盟罷業、怠業的行為等の脅威を裏付けとする拘束的性質を帯びた所謂団体交渉権を否認したものであるが、之は公務員に国又は地方公共団体の業務の運営能率を阻害する争議手段を禁ずる趣旨たるに止り全面的に団体交渉権を否定したものではない。同令第一条第一項但書には公務員は其の代表を通じて苦情、意見、希望又は不満を表明し之に付き十分な話合を為し証拠を提出することが出来ると云う意味に於て、団体交渉権を認めているが之は当然のことであり、規定の体裁上は兎も角実質上は但書が原則であり本文が例外である。従ていわゆる団体交渉権の否認については出来る限り厳格に狭義に解釈すべきものであるから、前記の如き苦情意見不満を表明し十分の話合をなす交渉の自由が認められている限り、対等の立場に立つての団体交渉権が否認されたものではない。次に同政令第一条第二項には給与、服務等の身分に関する事項に関して従前とられたすべての措置については此の政令の趣旨に矛盾し、又は違反しない限り引続き効力を有するとあるが之又当然である。そこでいわゆる団体交渉権の認められていた時に締結された労働協約と雖もその内容自体が本政令の趣旨に矛盾し又は違反しなければ当然失効することはないのであり、労働協約中本政令の趣旨に矛盾し違反する部分のみが無効となるに過ぎない。だから勤務時間等の労働条件に付き当事者双方が対等の立場で協議して決定すると云う規定は本政令の趣旨と矛盾するものではなく、唯協議不調の場合に争議手段に訴えることが本政令違反となるに過ぎない。従て本政令により従来の労働協約が失効したとなす被申請市の解釈は問違つている。

以上の如く被申請市の今回とつた措置は違法無効のものであるから、之が無効確認の訴を提起すべく準備中であるが、申請組合は現に此の不法な労働条件の下に忍び難きを忍んで勤務しているのであつて、之により組合員の労働権、生活権は侵害され後日右訴につき勝訴の判決を得る迄の間に償うことの出来ない損害を被るのみならず斯る労働不安によつて公務の運営能率の低下を来す虞もなしとしないので本申請に及ぶと云うに在る。

被申請訴訟代理人の本件仮処分申請に対する意見の要旨は、申請組合員の就業時間は従来申請組合主張の通りであつたが、被申請市が昭和二十四年一月十三日訓令第五十六号及び同年同月十四日第五十七号を以て申請組合員に対し勤務時間を一週実働四十八時間に延長する旨通告した事実は之を認む。

申請組合員は四十八時間制の実施は何等法律上の根拠なく違法であり、一片の訓令を以て実施したことは地方自治法第百七十二条第四項に違反し無効であると主張するが、此の見解は正当ではない。蓋し市職員の勤務時間に関しては特に法律を以て定められていないが、斯る法の定めが存しない以上其の決定は専ら市長の指揮監督の権限に委ねられているものと解するを正当とするからである(尤も労働協約があるときは之に制約せられる)。自治法第百七十二条第四項の規定は吏員に関する職階制等の身分取扱に関してはこの法律及これに基く政令に定めるものを除く外、別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律の定めるところと規定している。此の制定の予定せられている地方公務員法が定められる迄の間は、市職員の任免服務等は自治法及び従前の規定に準じた政令の規定によつて定められるべきものであることは同法附則第九条の規定により明らかである。而して市職員の服務に関しては同法施行規程(政令)第三十八条に於てなお従前の市町村職員服務紀律によると定めているが、此の紀律には何等職員の勤務時間休日等に関する定を有していないこと及び都道府県の吏員の勤務時間休日等については特に自治法施行規程第二十九条に於て之を定めていると云うことに鑑みれば地方公務員法が定められる迄の間は市職員の勤務時間休日等の定は自治法第百五十四条の規定による市長の指揮監督の権限に委ねられていると解すべきである。従つて被申請市の四十八時間制の実施は自治法第百七十二条第四項の規定に違反するものと云うを得ない。

右の如く四十八時間制の市訓令は自治法第百五十四条の規定する市長の指揮監督権に基く職務命令である。而して地方公共団体の職員の地位にあるものはひとり任命による者のみでなく、雇傭による者も公共の信託に対し忠誠の義務を負う公務員たる性格を持つ従つて雇傭員もその職務については公法的規律関係に立つものであり、これらの公法的規律関係の下に立つ職員の勤務時間が職務命令によつて規定されることは当然である。尤も昭和廿三年政令第二百一号公布前には市職員の労働条件の決定については労働基準法の適用を受け、市の代表者たる市長と被傭者たる職員との対等的地位が認められたが、これは市職員の公法的地位の否認を意味するものでなく、単に公的規律関係に一定の制約を加えたものに外ならぬ。従つて勤務時間等の労働条件が市長と職員との対等的立場において決定されたとしても、其の決定は規則、規程訓令等公法的性格を帯びた行政的処置により規定された(例京都市電気局現従業員服務規程昭和二十一年六月二十七日市訓令甲第三四号は其の第三条に於て勤務時間について規定した)。このように公務員は常に勤務時間等の労働条件についても公法的規律の下にあつたのである。そして政令第二百一号によつて公務員の範囲が明確にされ、従来とかく疑問がないでなかつたところの雇傭員の公務員たる性格が再確認された現在に於ては、雇傭員も公法的規律の下に存し勤務時間等の労働条件についても市長の指揮監督権によつて規律されることは何等の疑惑をも持たぬところである。だから四十八時間制を規定した市訓令は合法的な措置であり、明らかに公法的性質を帯びた行政的処理である。而して訓令は行政機関内部の規律であり、行政機関の外部に対して拘束力を持つものではないこと明らかであるが、しかし此の故に四十八時間勤務を命ずる訓令が行政処分に属さないと断定することは出来ない。行政処分を受ける者は一般国民であり、市民であることが普通であるが、国家機構乃至地方公共団体の内部規律の下にある個人に対しても行政処分は行われる(例懲戒処分)。四十八時間制の実施は公務員たる地位をもつ個人に対し特定の労務の提供を命ずる処分であり、この意味では行政処分である。尤も右訓令が行政処分に属するか否かは別の角度から問題たり得る。すなわち行政処分を具体的措置として抽象的規則制定と峻別する立場からは訓令は抽象的規則であり、具体的な処分でないとの主張が出てくるからである。しかし訓令の如き下級段階の法創設作用についてはそれが具体的措置か抽象的規則であるかを一義的に決定することは困難である。右訓令が現在の公務員のみでなくその後新たに公務員となる者も拘束を受けると云う点では抽象的規則たる性格をもつが、しかし現在の公務員に対し新しい勤労条件を設定したと云う点では明らかに具体的措置たる性格をもつ、此の意味では本件の場合に四十八時間制を規定する訓令を行政処分と解することは不当ではない。そして此の行政処分は特例法にいわゆる行政庁の処分の概念中に包含されるべきものである。従て本件仮処分申請は特例法第十条第七項に抵触する即ち右規定は同法第二条の行政庁の違法な処分の取消変更を求める訴については仮処分に関する民事訴訟法の規定が適用されないとしている。ここにいわゆる違法な処分とは違法ではあるが、有効で判決により取消されることによりはじめて其の効力を失うものと本来無効な処分で判決によつてその無効を確認されるものとの二種を包含している。本件仮処分申請は四十八時間勤務を命ずる処分の無効を理由とするものであるが、右に述べた理由によつて特例法第二条の違法な処分の取消に該当するものであり、従て同法第十条第七項の適用を受け却下さるべきものである。

次に申請組合は本件訓令は基準法第一条第二項第二条第八十九条第九十条の規定に違反し無効であると主張する。然し此の見解も正当ではない、即同法第一条第二項は従前の労働条件が此の法律の規準より高い場合に法の基準の低いことを理由として従前の労働条件を低下させてはならないとの趣旨であるから、社会的経済的その他の理由により勤務時間を延長し労働条件の低下を来すことがあつても本条違反とはならない。周知の如く昭和二十四年一月一日より人事院規則一五―〇、総理庁令第一号及第二号に基き国家公務員に対して一週実働四十八時間制が実施せられることとなつた。之は昭和二十三年十二月十九日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官の書簡に基く日本経済再建なる要請に即応するための措置であり、国家公務員に対し四十八時間制が実施される以上地方公務員も今公共の信託に応ずる為に四十八時間制に服することは当然の責務であり、本件四十八時間制の実施は其の為の労働条件の低下であつて、基準を理由としたものではないから右規定の違反とはならない。又同法第二条第一項は政令二百一号施行後に於ては公務員に対し適用されないものである。蓋し政令二百一号第一条第一項本文は国又は地方公共団体に対し公務員は同盟罷業、怠業的行為等の脅威を裏付けとする拘束的性質を帯びたいわゆる団体交渉権(以下いわゆる団体交渉権と略称する)を有しないと定めているのであり、元来此の様な強力な団体交渉権は公務員及びその組合に対し国又は地方公共団体と対等の地位を与へるために認められたものであるから、いわゆる団体交渉権が剥奪されたところに対等の地位が維持される理由がない。それ故に政令二百一号施行後に於ては公務員は国又は地方公共団体と対等の地位が維持され得る理由はない、尤も政令二百一号施行後に於ても公務員又はその団体はこの政令の制限内に於て個別的に又は団体的にその代表を通じて苦情、意見、希望又は不満を表明し且つ之について十分な話合を為し証拠を提出することが出来ると云う意味に於て交渉する自由を有するのであるが(同令第一条第一項但書)此の交渉の自由は労働組合法上団体交渉権ではない同法上の団体交渉権は、いわゆる団体交渉権でなければならぬからである。だから申請組合が政令二百一号下に於ても公務員が団体交渉権を有すると主張するのは、其の団体交渉権と云う言葉を沿革に即し正確な意味に用いる限り申請組合の見解の誤である。次に申請組合は四十八時間制実施を基準法八十九条九十条の規定の違反なりと主張する、然し被申請市は従来より就業規則に相当する条例、規則、規程、訓令等を定めるに際しては予め職員組合の意見を聴き然る後公布していたのであつて、今回の四十八時間制の実施に当つても実質上は就業規則の変更であると解し市労連の意見を聞いたのである。その経過は次の如くである、即ち人事主管者会議に上京中の職員局長松島吉之助より地方公務員に対しても四十八時間制を実施せねばならぬ情勢にある旨電話があつたので、職員局労政課長島助四良は一月十日市職労連に此の旨を告げ速に実施を要する情勢にあるから一月十六日頃より実施したい旨を申入れた。次に一月十二日松島局長は市職労執行部を招き四十八時間制を実施することを申入れ協議し意見を聴いた。その際の市職労連の意見は、給与の裏付がないままの四十八時間制の実施には反対であると云うことであつた。然し客観状勢上止むを得ないものがあつたので、給与の裏付けの問題は政府の具体的方針が決定した上で改めて協議することとして一月十三日京都市告示第八八号及び京都市訓令甲第五十六号を発すると共に、発職人乙第八号通牒を以て一月十六日より四十八時間制を実施する旨を全職員に通達した。更に市職労連に対する協議とは別に一月十四日交通労働課長小倉成は市交通局職員組合及び市交通労働組合に対し四十八時間制実施の具体的協議として交通局は隔勤者の交替とか従来の慣例もあり、他の一般職員と異り日勤者の勤務時間を午前八時から午後四時四十五分迄とするが乗務員については準備次第実施し度い旨申入れ細目の協議を要求し意見を聞いたが、組合側は給与の裏付のない労働時間の延長には反対であるとて具体的協議を拒否した。然し止むを得ない事情にあつたから被申請市は同日京都市訓令甲第五十七号を発し交通局長友田正一をして発令労第三二〇号通牒を発せしめ、一月十六日より乗務員以外の者に四十八時間制を実施することとし交通局全職員に通達したのである。此の場合乗務員を除外したのは技術上の準備を必要としたからであるが、間もなく準備も完了したので一月二十九日各運輸事務所長を通じ二月一日より乗務員についても四十八時間制実施を全乗務員に通達した。かくして四十八時間制は実施されることになり、此の実施については訓令を公示するのみならずその前日マイクを通じ或は責任者より口頭を以て全職員に通達せられている、四十八時間制の実施が徹底して通達せられていることは一月十六日より全員が此の時間制に服していること、交労執行委員長の申入書及び通達等を以てしても疑を容れる余地はない。申請組合が基準法第八十九条違反であると云う理由は、被申請市が同条による就業規則の届出義務を履行していないと云う点にある、成程被申請市が此の義務を履行していないことは事実である。然し昭和二十三年二月二十五日内事局官房職制課長の指示により労働基準局に対し届出延期方を願出てある、又同条の届出が就業規則の有効要件でないことはその明文上疑を容れない。而して作成の届出延期を申請してあるところに変更の届出が問題となる余地はない策であるが、いづれにしても届出は就業規則変更の有効要件ではないから届出がなくても四十八時間制の実施に関する訓令の有効なることは勿論である、申請組合は就業規則の変更には組合の同意を要するが如き口調であるが、その変更には組合の同意は必要でなく、単に意見を聴くを以て足ることは明文上明らかであり、被申請市は組合の意見は充分之を聴取したこと既に縷述した通りであるから此の点に関する申請組合の主張は理由はない。

申請組合は四十八時間制の実施は労働協約違反であり無効であると主張するが、この点も亦正当でない。政令第二百一号第一条第一項本文により公務員は国又は地方公共団体に対する対等の地位を剥奪され対等の立場で交渉する能力が否認された。而して労働協約なるものは公務員がいわゆる団体交渉権を有し之が行使により対等の立場に於て締結せられ、対等の立場を基盤としてその効力が維持せられているものであることも亦疑を入れる余地はない。従つて公務員が政令二百一号により対等の地位を剥奪せられたときは協約の当事者たるの適格を失うこととなるから、法理上労働協約も当然に失効するに至ることも亦当然である。政令二百一号第一条第二項は労働協約の失効を前提とする規定である、同政令施行と同時に発表された政府声明の解釈も此の解釈と合致しているのであり、被申請市は政令の解釈と取扱に関する閣議了解の趣旨に従い昭和二十三年八月二十五日組合に対し労働協約の失効を通告したのである。而して申請組合自身に於ても此の労働協約の失効を異議なく承認していた事実がある、即ち昭和二十三年八月二十五日被申請市長神戸正雄の名を以て申請組合傘下の単位労働組合に対し政令第二百一号実施についてと題する通告を発し、労働協約は該政令により失効したことを明らかにした。然るに今回の四十八時間制実施迄被申請市と各組合(従て申請組合)との間に何等の紛争も起つていない、組合でも此の通告が遵守せられていることは次の事実により明らかである。即ち労働協約では職員の任用、解職、登用、転勤については組合と協議の上決定すると云う趣旨の規定があり、政令二百一号施行前には之が遵守されていたが、施行後は之れ等の事項を被申請市は一方的に決定している。政令施行後は労働協約に定めてある経営協議会等は一度も開催されていない、労働協約では認められていた組合専従者なるものは最早や認められていない。労働協約存続中は職員は勤務時間中でも或程度の組合活動の自由を有していたが、政令二百一号施行後は原則として主管局長の許可を必要とせられたので、勤務時間中に組合活動をする場合にはその都度事前に願出て許可が与へられている。之等の事実よりしても組合自身も労働協約失効を承認していたことは明らかである。それ故に政令二〇一号施行後半歳を経過した現在申請組合が労働協約の存続を主張することは失当である、叙上の次第であるから労働協約は理論上も実際上も失効に帰したものであること明白である。尤も政令二百一号第一条第二項は公務員の身分に関する事項に関して従前国又は公共団体によつてとられたすべての措置についてはこの政令で定められた制限の趣旨に矛盾し、又は違反しない限り引続き効力を有する旨定めているから、既存の労働協約に基いてなされた被申請人の行政的措置はこの政令に矛盾し違反しない限り引続き効力を有する。従て従前の四十二時間勤務制は政令二百一号施行後に於ても効力を有していたものである。

次に申請組合は政令二百一号の無効を主張するが之は根拠なき主張である。無効の主張の理由としては昭和二十二年法律第七十二号第一条が憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で、法律を以て規定すべき事項を規定するものは昭和二十二年十二月三十一日限り有効であるに過ぎない。即ち政令二百一号の制定の根拠である昭和二十年勅令第五百四十二号所謂ポツ勅)が既に失効していると云うのであるが、法律第七十二号第一条の命令とは独立命令等一般の命令を意味し、緊急勅令を含まない緊急勅令は法律と同一の効力を持ち之は法律七十二号と無関係に新憲法施行後も有効である。而して所謂ポツ勅は緊急勅令に属するのである、法律第七十二号第一条の二は同法第一条の規定はポツ勅に基き発せられた命令の効力に影響む及ぼさないことを規定しているが、之は当然のことを注意的に規定したのである。申請組合は同法第一条の二がポツ勅に基き発せられた命令とある点から、此の勅令に基き新に命令を発することを許すものではないとしているが、ポツ勅が失効していない以上之に基き新に命令を制定することももちろん可能である。更に申請組合はポツ勅はその内容に於て新憲法に違反し無効だと主張しているが、ポツダム宣言の条項を誠実に履行すること並に右宣言を実施する為め連合国司令官又はその他特定の連合国代表者が要求することあるべき一切の命令を発し且一切の措置を執ることは降伏文書によつて要請されていることである。勿論新憲法制定そのものがポツダム宣言の履行であるが、而し連合国最高司令官の要求にかかる命令の制定が新憲法と矛盾するか否かを検討し、命令の制定を拒否する自由はない。ポツ勅はかような命令制定の緊急措置を規定したものであり新憲法下に於ても有効である。ポツ勅に基いて発せられる個々の命令についても、それが最高司令官の要求に係る事項を実施する為である限り当然に有効である。政令二百一号は従来のものと異り最高司令官の指令や覚書によらず総理大臣宛書簡に基くものであるため若干論義を発生せしめた、而し書簡も亦最高司令官の為す要求とされるのであるから政令二百一号も有効のものと為す外はない。

申請組合は仮に政令二百一号が有効であつてもこの政令は争議手段をとることを禁じたものであり、全面的に団体交渉権を否認したものでなく、同政令第一条第二項は従前とられた措置は此の政令の趣旨に矛盾し又は違反しない限り効力を有するとあるのみであるから、労働協約は此の政令により、全面的に失効するものではないと云う。而し憲法は団体交渉権を保障すると同時に他面その濫用を禁じており、濫用によつて公共の福祉に対し重大な障害が予想されるときは団体交渉権及び争議権を附与しないことを得るのである。労働組合法第四条労働関係調整法第三十八条の規定にその例を見るのである、従つて政令二百一号が公務員より団体交渉権を奪つても此の場合に限り憲法上保障されている権利が侵害されたと主張することは正当でない、又政令二百一号第一条第二項の措置とは労働協約に基く(茲は協約に限定する)行政的措置を指すのであり、協約そのものは行政的措置でないから労働協約中該政令に違反しない部分が存続すると云うこともあり得ない。

今回の四十八時間制は連合国最高司令官の書簡の趣旨に即応して日本経済の急速な安定に寄与させる為にとられた措置であり、現に全国官公署地方団体の職員が均しく甘受しているところである。本市職員に対してのみ特別な犠牲を要永しているのではない。且つ基準法に於ても最低基準とはいへ四十八時間制が法定されており民間労働者の多くは之によつている、又六三〇七円ベースを規定した政府職員の新給与実施に関する法律第十九条は四十時間乃至四十八時間の勤務を前提としている。被申請市も政府職員の例に做い六三〇七円ベースの実現に努力している、現在その概算払を実行しつつある之によつて見れば被申請市の四十八時間制は給与の裏付をもたない労働条件の悪化であるとの非難も必ずしも当らない。

叙上の如く四十八時間制は現段階に於ての我国経済の安定進展の為め欠くべからざる措置であり、それが多少の犠牲を伴うとしても已むを得ない犠牲である。申請組合の事実上法律上の主張は総て正当でない、被申請市が四十八時間制実施に当り行つた措置は違法の片鱗もないされば申請組合の本件仮処分申請は速かに却下せらるべきものであると云うに在る。

そこで先づ本論に入る前に序論として立法の趨勢について説明して置くのが便宜である。労働法が官公吏にも適用さるべきかどうかにつき従来対立する二箇の見解があつた、其の一は官公吏をも私企業に於ける労働者と同様に見る見解であり、其の三は官公吏は右労働者と全然異つた立場にあるものと見る考へ方である。前者は官公吏も其の労働の対価として報酬を得、これによつて生活するものなる点に於て一般労働者と異るところがない。官公吏が普通の労働者とまるで性格のちがうものの様に考えるのは、従来の日本に於ける絶対主義的官僚支配的国家に於ける官公吏と云うものの特殊なあり方に基く思想である。官公吏の場合も一般労働者の場合も――其の職務内容の相違は別として――労働関係其のものの性質に於て根本的に相違のないものとするならば、同種の法律関係には同一の法規が適用されなければならないから労働法の原理(労働条件――賃金労働時間等――は労働組合を通じ労働協約の形で決定さるべきものとする原理即ち労働条件は使用者と労働者の対等の立場に於ける交渉に基いた合意で決定さるべきであつて、個々の労働者と使用者の交渉では両者の間の関係は実質的には対等でないから、個別的な労働契約による労働条件の決定は両当事者の自由的合意と云うことは出来ないから、団体交渉に基く労働協約によらねばならぬとの原理)は原則として公吏にもあてはまると云うのであり、後者は公務員は国民一般の被使用人であると云う点で労働者とは性格が異る。それで公務員の場合は国民一般の立場で――たといへば国会で――其の労働条件を決めるとすれば其の国民の一般意思で決定した労働条件に彼が服することは自己の合意したところに服することに外ならない。従つて公務員の場合は普通私企業の場合の如く団体交渉に基く労働協約で労働条件を決定すると云う方式をとるべきではない、尤も之を全面的に国会にまかせることは――形式的にはそれでよいとしても――実質的には不可であるから、公務員全部の真の利益を代表し得べき公正な委員会の如きものを設けて労働条件の決定は此の委員会の規則によるべしとするのである。戦後我国立法の趨勢が先づ此の前者の見解に従つたものであつたことは、労働組合法(同法三条四条二項)基準法(同法八条十六号九条百十二条)が官公吏にも全面的に適用されるものなる点に徴し疑のないところである。然るに昭和二十三年七月二十二日の連合国最高司令官の総理大臣宛書簡を契機として、公務員に関する叙上の様な考へ方に根本的な変革をもたらした其の変革は之を要するに曩に前者として述べた考へ方から後者のそれへの推移であるか、此の事は重要な点であり、官公吏の労働関係を理解する上に欠くべからざることであるから其の要点を摘示することにする。即ち「勤労を公務に捧げるものと私的企業に従うものとの間には顕著な区別が存する、両者は国民の主権に基礎を持つ政府によつて使用される手段であり其の雇傭される事実によつて与へられた公共の信託に対し無条件忠誠の義務を負う――公務員の争議行為は彼等自身に於て要求が満足せられる迄は政府の運営を妨害する意図のあることを明示するものに外ならず、自ら支持を誓つた政府を麻痺せしめんとする企図する、此の様な行為は想像し得ないものであると同時に許し難いものである――すべての政府職員は普通に知られているいわゆる団体交渉の手段は、公務員の場合には採用出来ないものなることを理解せねばならぬ。団体交渉は国家公務員制度に適用されるに当つては明確な変更し得ない制限を受ける使用者は全国民である、国民は国会に於ける其の代表者により制定せられる法律により其の意思を表明する。従て行政運営の任に当る官吏も雇傭せられている者も拘しく人事に関して方針、手続、規則を定める法律によつて支配され指導される制約を受けている」となすものであり、右は公務員の労働条件が労働法の原理で決定されることを明確に否定し之が国会を通じた法令により制定せらるべきことを要求したものであり、従つて団体行動権及びいわゆる団体交渉権を公務員につき否定したものである。而して此の書簡による要求に基き政府は先づ差当り昭和二十三年政令二百一号を施行し、次いで国会は国家公務員法を全面的に改正したが地方公務員法は未だ制定の途上にあることを周知の事実であり、地方公務員法の制定される迄は其の労働関係には依然労働組合法、基準法は原則として適用せられ(政令二百一号の制限の下に)尚自治法系統の若干の規定も又労働関係を規律している。例へば同法第百七十二条四項は普通地方公共団体の吏員の身分取扱に関しては同法及之に基く政令に定めるものを除く外、普通地方公共団体の職員に関して定める法律(之地方公務員法を予定するものである)の定めるところによるとなし、又自治法附則第九条には地方公共団体の長の補助機関たる職員云々の給与、服務に関しては普通地方公共団体の職員に関して規定する法律が定められる迄間は従前の規定に準じて政令で、之を定めるとなつて居り同法施行規程第二十八条第二十九条及第三十八条は夫々都道府県吏員につき従来の都道府県職員服務紀律の例によるべく、その執務時間、休日、休暇については官庁のそれによるべく但し知事は必要と認めるときは之を変更することを得べく、又市町村職員の服務に関しては従前の市町村職員服務紀律によることになつている。右の如く一方に於て地方公務員に対し原則的に労働法が適用され乍ら一面自治法の規定による制約があるのであり、此の二元的な関係は労働法が其の適用さるべき人の範囲に制限のない点に於て普通法であり、自治法がその適用範囲が原則として公吏たる身分を有するものその他の特殊な職員に限定せられている点に於て特別法たる関係にあつたものと理解せねばならぬ。

次に本件仮処分申請が適法であるかどうかの争点即ち本件につき特例法十条七項の適用ありやの問題を論ずることにする。公共団体の長たる市長が市職員に対し本件の如く労働条件に関する定めを為した場合、此の定めを行政庁たる市長が其の公法上の権限に基き行政処分を為したるものとし、市長を被告として其の処分の取消変更を求める訴は特例法第二条の訴であり。従つて同法第十条七項が適用されるが(尤も此の点につき被申請市は行政処分の無効確認を求める本件――本件は単に行政処分の無効確認を求める訴を本案とするものでない事は後に説明する――も取消変更の訴と同様なりと云う、此の見解が一応正しいとしても、此の無効の訴も特例法第二条の訴なる限りは行政庁たる市長を被告とせねばならぬこと勿論である)右市長の為した定めが行政処分であるかないかは兎も角として――此の点後に説明する――其の定めの無効を主張し、現在その定めの内容たる事項が市職員又はその組合と使用主たる市との間に拘束的な法律関係として存在しないことの確認を市に対し求める訴は仮令それが公法的色彩を帯びた事項として、特例法に所謂公法的権利関係訴訟であるとしても、此の訴訟は同法第二条の訴訟ではなく同法第十条第七項は適用されない。従つて民事訴訟法の仮処分規定は此の訴訟には原則として適用があるのであり、本件仮処分申請の本案たるべき訴は右に述べた後の場合であることは本件が被申請市を相手とし市長を相手としていないこと及申請組合の主張の全般に照し明らかなことであるから、仮令本件労働条件を定めた訓令が行政処分であつても、尚且民事訴訟法の仮処分を為し得るのであり、此の点に関する被申請市の抗弁は当らない。だから右訓令が行政処分であるか否かを判断する必要は必ずしも存するものと云うを得ないのであるが、後に説く問題にも多少影響があるので此処で一応此の問題を判断して置く。凡そ適法なる行政処分たるが為に法令により特定の事項につき特定の権限ある行政庁が法令の執行として為すところの具体的処分たることを通常とし、本件訓令の如き法規に類する一般的なものを行政処分として定めることは異例に属するのみならず、本件の如き労働条件の決定については労働法の原理に従うか又は法規の制定によるかの二者のいづれかであるべきことは序論に於て詳論したところであり、立法機関が其の細目を他の機関の決定に委任することは許されるが、その機関は使用者と被使用者とから或程度独立した公平な第三機関たるを要する(国家公務員法に於ける人事院の如き)とするのが民主的な原理の要求するところであり、内閣、知事、市長と云う様な使用者の代表たる地位に在る執行機関に之を一任することは適当ではない。(此のことは現下が地方公務員法の出来る迄の過渡期であることに藉口して軽々に考へるべきことではない)尤も序論で述べたように、自治法施行規程第二十九条は過渡期的取扱として一部知事に此の権限を委任しているが、斯る事例は極めて例外的であつて法律の明文を俟つて始めて可能な措置である。而して被申請市が本件訓令の根拠として引用する自治法百五十四条は固より経過的規定ではなく、而も此の規定は都道府県にも市町村にも適用ある規定であるに拘らず、前者には自治法施行規程第二十九条が設けられているに反し、後者には之に相応する規定がない。之等の点からして市長が自治法百五十四条に基き本件訓令の如き定めを為し得るとは考へられない。加之右規定は補助機関たる職員のみに適用ある規定であるに拘らず、本件訓令は所謂雇傭職にも宛てられたものであることは明らかであり、此の訓令が雇傭職を覇束する所以は、右の規定では説明することを得ない。更に行政庁の公法上の権限の行使は之を法令の根拠なしに他に委任したり、その権限の行使に何等かの制限を加へることを得ないのが原則であつて、若しも本件の如き労働条件の決定が市長の公法上の固有権限なりとせば之を労働組合の協議の上変更すると云うが如き趣旨の労働協約は公法上の権限に無用の制限を加へるものであつて、強行法規に違反し無効のものと云わねばならぬ。然し何人も斯る結果を認めるものはないであらうと云うことは、即ち労働条件を市長の指揮監督権で定め得ると云う前提に誤があるものとせねばならぬ。尤も此の点については或は労働組合法を公法の制限規定と解する説があり得る(被申請市も此の趣旨の主張をしている)。而し公法と労働法の関係の一般論は別とし、行政権の行使が労働協約で制限を受けると解することは困難であるのみならず、労働条件の決定については公法は労働法の特別法と解すべきこと(少くとも地方公務員法の制定される迄は)既に序論で説明した通りである。叙上述べた趣旨に於て申請組合の本件訓令は自治法の規定に違反し無効なりとの主張は理由あるが如くである。而し本件の本案たるべき訴は前に述べたように行政処分の効力そのものを争うものではなく、市を相手として一定の法律関係の存否の確認を目的とするものである。そうすると本件申請が理由があるが為には本件訓令が行政処分として無効であるのみでは足りないのであつて、あらゆる意味に於て無効でなければならぬ。扨て自治法附則九条は補助機関たる職員等の服務に関する定めを為すことを政令に委任し、而も政令は服務に関する定の中に含まれると解される執務時間休日、休暇等につき何等の定めをしていないこと既に序論で見た通りであり、斯る場合之等の事項については法規に定めがない。即ち政令は規定すべきことを規定していない、且他の機関は政令の委任なくして之等の事項を定め得ないとすると最早や政令の変更以外は之を定める途がないとも云へる。而し仮令経過的とは云へ法の空白は之を看過すことを得ない。だから政令が都道府県の場合と異り此の点を空白に放置したことは之を市長の権限に委ねたと解すべきにあらざること既に前に説明した如くである限り、寧ろ公法的色彩は都道府県の方が市町村より濃厚であるから前者については執務時間等を官庁に準ずることにし、後者について之を規定せずに放置して此の点に於て原則法たる労働法の適用、従つて就業規則による決定(政令二百一号施行後は其の制限の下に認めたと解するのを相当とする(尤も此の場合原則に立返つて個々の労働契約に委ねたと解するのが最も妥当のようであるが、凡そ多数の者が雇傭される事業場に於て個々の労働契約は無意味であり、それが附合契約として定型化し制度乃至法規と化した就業規則に帰着すべきは当然である)此の様に考へると、本件訓令はその名は訓令と云うと雖も其の実体は就業規則であり、且斯る就業規則を定めることは公共団体の代表者たる市長が使用主たる公共団体を代表して被使用者たる市職員に対し為すところとして固より基準法上可能のことであり、本件訓令を斯く解してこそそれが吏員のみならず雇傭員をも拘束し且之が労働協約による制限に服した理由を納得し得るのであるから、申請組合が本件申請を理由あらしむるが為には本件訓令は就業規則としても又無効なることを論証せねばならないのである。

就業規則は先づ基準法に違反してはならないから、本件就業規則に基準法違反の点ありやの点に付き判断するに、申請組合は就業規則は基準法第一条第二項第二条第八十九条第九十条に違反すると云う。然し第二条の問題は主として労働協約との関係に関するから之は後に譲り、その他の問題につき考へるに成程第一条はこの基準を理由として労働条件を低下させることを禁じている。従つて若し本件就業規則が之に該当するときは無効となること、申請組合主張の通りである。而し本件就業規則によつて労働条件が低下したのは決して基準法の基準を理由として低下させたのではない、蓋し本年一月一日より人事院規則一五―〇に基き国家公務員に対し一週実働四十八時間制が実施されたのは昭和二十三年十二月十九日附連合国最高司令官の内閣総理大臣宛書簡に基く日本経済再建の要請に即応せしめんとする措置であり、国家公務員に対し四十八時間制が実施せられる以上、地方公務員も亦公共の信託に応ずる為にも四十八時間制に服することが当然の責務であるとの見解の下に、四十八時間制を採用する趣旨の本件就業規則を作成したのであること周知の通りであるからである。次に基準法八十九条は就業規則は届出を要することを規定し、被申請市に於て之を為していないことは之を自認しているが、此の届出は固より就業規則の効力要件ではないから之を以て本件就業規則無効の理由と為すを得ないこと当然であり、次に基準法九十条は就業規則の作成につき労働組合の意見を聞かねばならぬとしている。此の規定も就業規則の効力要件であるかどうか疑問であるが、仮にそうであるとしても被申請市提出の疏乙第一号証によると、此の意見を聞いたことにつき一応の疏明があるから、此の手続は履践されているものと云うべく此の点からも本件就業規則の効力を争うことは出来ない。

次に就業規則は労働協約に違反してはならない。此の点について申請組合は従来の市と組合間の労働協約は全部其の効力を持続しているとなし、被申請市は之は全面的に効力を失つたとなす、其の失効の理由は之を前記政令二百一号の解釈に求めるのであり、同政令によつて公務員は国又は地方公共団体に対する対等の地位を奪われ対等の立場において交渉する能力と否定された。而して労働協約は公務員がいわゆる団体交渉権を行使し、対等の立場に於て締結せられ対等の立場を基盤として効力が維持されている。従て対等の地位を奪われたときは協約の適格を失うこととなるから、法理上労働協約も失効したものであると云い。又同政令により効力の存続を認められる措置は行政的措置に限るのであり、労働協約の締結自体は其の中に含まれないと云う。而し政令二百一号の文字其のものよりして此の様な決定的な決論を導くことは至難であるが、同政令制定の直接の原因たる序論引用の書簡を熟読頑味すれば、右被申請市の主張中公務員が国又は地方公共団体当局が代表する国民一般に対する対等の地位を失つたこと自体は之を認めねばならない(此の点から本件就業規則が基準法第二条に違反するとの申請組合の主張は採用し得ない)而し乍ら労働者の団結権、団体交渉権、団体行動権(団体行動権は前二者と必しも同一の保障ではないことは後に説明する)。は憲法の保障するところであり、政令二百一号と雖も其の解釈については違憲とならない様に努めねばならぬこと固より当然であるのみならず、同政令はいわゆる団体交渉権は否定したが(団体行動権を否定した以上、之は当然の結果なのであるが)尚或意味の即ち団体的に云々十分な話合をなし、云々国又は公共団体と交渉する自由を認めている、即ち団結権及び団体交渉権を全面的に否定するものではない。又従前国又は公共団体によつてとられた措置(之が被申請市の云うように行政的措置に限るとの理論もにわかに首肯し難い)もこの政令が定められた制限の趣旨に矛盾し違反しない限り効力を有するとしている。更に同政令と雖も固より全面的な遡及効を有すると解すべき根拠はないのであつて、同政令施行後市職員が市に対し対等の地位を失つたと云うことから、直に従前の労働協約の全部が失効するとするのは早計の如くである。だから結局労働協約の内容の一々についてそれが同政令の趣旨に反するか否かを決定せねばならぬところで、凡そ労働協約中労働条件に関する直接具体的な定めをしたものとそうでなくて、斯る定めを為すことにつき当事者に協議其の他の義務を課したものとがあり、前者即ち規範的効力を有する協約に違反する措置は無効となり、後者即ち債権法的効力を有する協約に違反する措置は無効の問題を生ぜず、債務不履行の問題を生ずるに過ぎないことは労働法学上普く認められた説であるが、本件協約(疏甲四の一第七条四の二第六条四の三第七条四の四第四条参照)は勤務条件の制定変更につき市に対し組合との協議の義務を課したもの(尤も右甲四の四第四条は組合の承認を要すとしているが、之とても市に対し組合の承認を求める義務を課したものである)として、後者の範疇に属すべきものたること疑を容れぬところである。而して本件労働協約の内容が右の如きものなる以上、それは労働条件の決定をいわゆる団体交渉に委ねるものであるところ、同政令がいわゆる団体交渉権を否定したのは組合をして其の資格(権利能力)を失わしめたものと解すべきものであるから、右協約は此の意味に於て同令に反すると云うべきである。又公務員と市当局の代表する国民一般との対等性が否定された以上、当該労働協約違反を理由として市当局に対し不履行の責を問うことはいささか不穏当であるし、更に右の如き不履行の責を問うことを容認すること自体いわゆる団体交渉権を認めると同様の結果に帰し、同政令の趣旨に反する。蓋し同政令には同盟罷業、怠業行為等の脅威を裏付けとする拘束的性質を帯び、いわゆる団体交渉権なる表現方法を用いて居り、不履行の責を問うこともそれが軽微なりとは云へ脅威には相違なく、茲に云う「等」の中に含まれ(市当局と組合との協議に於て市当局に心理的拘束を与へるから)結局拘束的性質を帯びた団体交渉権を認めると同様の結果となり、同政令の趣旨に反することとなるからである。だから右従前の労働協約は同政令により失効したものであり、仮に失効していないとするも、拘束的性質を有しないものとして残存せるに過ぎず、其の違反は直に本件就業規則の無効を来すものではない(労働組合法第二十二条に云う協約は規範的性質を有するもののみを指す)。最後に政令二百一号の無効論としての申請組合主張の違憲論を検討することにする、申請組合は先づ右政令の根拠たる勅令五百四十二号は憲法違反で失効していると云う。而し右勅令は旧憲法上の独立命令ではなく緊急勅令であり。而もそれは旧憲法の規定に従い当時の帝国議会の承諾を得ている緊急勅令は、承諾を得た以上全く法律と同一の性質を有するものであつて、いわゆる法律で規定すべき事項を規定した命令には該当しないから、新憲法の施行より当然効力を失うものではない。尤も其の内容上違憲なるや否やは之は右と別個の問題であるが、降伏文書に明らかな様に日本政府は連合国最高司令官の下にあり、之に全面的に従うの外ないのであるから、最高司令官より何時如何なる命令を受けても早急に之に応ずる態勢を整へて置くが為には、勅令五百四十二号の如き広汎な委任立法を認めるの外はないのであつて、他の場合には此の様な委任立法は憲法違反であろうが、此の場合に限つては憲法違反ではないとせねばならぬ。而して右勅令五百四十二条が法律と同一の性質を有するものとして効力を持続する限り、法律第七十二号は全然之と関係なく同法第一号の二の如きは全く無用であつて、只注意的に規定したのみであるから、之を援用してポツ勅に基き既に発せられた命令のみが効力を持続するのであるとの主張は到底維持し難い。勅令五百四十二号が法律と同一のものとして効力を有する限りそれに基く命令は固より適法である。尤も当該命令が其の内容に於て違憲であるかどうかの問題は、之は別箇の立場から考へて見ねばならない。扨て政令二百十一号は序論に於て述べた様に、直接連合国最高司令官の総理大臣宛の書簡による要求により制定せられたものである、而して日本政府が最高司令官の要求に忠実に応じたものである限り、此の要求に応じて制定された法令其のものが憲法違反であるかどうかを判断することは適当でない。蓋しそれは結局降伏文書により認められた降伏条項上の義務の履行であるからである。――(だからと云うて最高司令官の要求に応じて発布された法令の解釈につき。之が憲法違反にならない様な解釈をとるべきであることは右の点と何等矛盾しない。蓋し日本政府は憲法違反の政令をみだりに発布することなかるべきが故である)加之政令二百一号について当裁判所が〓に示したような解釈をとる限り、同政令は其の内容に於ても新憲法に違反するものではない。蓋し憲法の保障する団結権、団体交渉権、団体行動権中最後のものは公共の福祉の為には之を制限する立法を為し得るのであり、政令二百一号は公務員は主権者たる国民の使用人であつて、公共の信託に対し無条件忠誠の義務を負うているのであり、其の争議行為は公共の福祉に反すること極めて明白であるものとして其の制限を設けたのであること序論で見た通りであり、此の事は憲法自体予定しているところであつて(憲法第十二条、第十三条)決して憲法の精紳に反するものではない。又団結権、団体交渉権は決して政令二百一号に於て之を否定したものではない。尤もいわゆる団体交渉権を否定したことは之は団体行動権を否定した結果に過ぎないこと既に述べた通りである、以上により申請組合の違憲論は理由なきものと認める。

そうすると申請組合が本件就業規則が無効なりとし、従て就業規則の規定する四十八時間制は申請組合と被申請市を拘束するものでなく、当当事者間に効力あるところの執務時間、休日、休暇等に関する労働条件は従来通りのものであるとして之に基き、本件の如き仮処分を申請するのは其の本案請求権を有しない点に於て理由のないこと明らかであるから、仮処分の必要につき判断する迄もなく之を却下すべきものとし、申請費用に付民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り決定した。

別紙目録省略

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